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小暮男爵 << §6 >>

小暮男爵

***<< §6 >>****

 朝の辛い儀式(お浣腸)が終わると私の身体は河合先生の手に
委ねられます。
 パジャマだけでも着ることができてやれやれ一息というところ
ですが先生と一緒に向かうバスルームでは再び裸にならなければ
なりませんでした。下着を身に着ける事ができるのはその後です。

 遥ちゃんもそうですが、小学生というのは自分で自分の身体を
洗うことができません。
 子供の身体は家庭教師の先生が洗う決まりになっていました。
 ですから、バスルームに着くと私たちは再び裸にさせられます。

 ただ、朝のバスルームというのはお風呂が沸いているわけでは
ありません。あくまで身体を洗うことだけが目的でした。
 バスルームで合流した私と遥ちゃんは、二人して冷たい洗い場
に裸で並びます。

 「どうだった?久しぶりのお父様は?」
 「どうって?」
 「久しぶりに抱っこしてもらったんでしょう?」
 「そ……そんなことしないわ。私、もう子供じゃないもん」
 私は見栄をはります。だって、この歳で赤ちゃんみたいに抱き
合って寝てたなんて言いたくありませんから。

 「どうだか……あんた、甘え上手だもんね。また上手く甘えて
お父様に何か買って貰う約束したんじゃないの?」
 遥ちゃんは含み笑いです。

 「そんなことあるわけないじゃない」
 私は少しだけ語気を強めます。

 河合先生はこんな時、たとえその子達のすぐそばにいても何も
おっしゃいません。ただ、嘘をついていると、河合先生の手荒い
ボディーウォッシュをやり過ごさなければなりませんでした。

 『痛い!!』
 その時、私は思わず腰を引きます。

 それは河合先生のスポンジがお股の中で暴れたから。つまり、
嘘をついているからでした。

 「ほら、腰を引かない。無駄なおしゃべりはしないの」
 先生に叱られます。

 河合先生のスポンジは無遠慮に私の股間をゴシゴシしますが、
どんなに痛くてもそれで悲鳴を上げることは許されませんでした。

 河合先生の仕事は身体洗いだけじゃありません。歯を磨いて、
下着を穿かせて、髪をセット、お家の中だけで着る普段着を身に
つけさせるところまでが全部、河合先生のお仕事なのです。
 一方、子供たちはというと、それにただただ耐えるだけが仕事
でした。

 どうしてそこまで?子ども自身にやらせればいいじゃないか?
とも思いますが、要はお父様の前に出る時、子供たちだけでは、
完璧に仕上がらないというのがその理由のようでした。

 あれで15分位もかかったでしょうか、やり慣れている先生の
手際のよさは天下一品です。ただし、その間、私たちは河合先生
のお人形ですから何もできません。
 『こういう髪型がいい』とか、『今日はこのお洋服で』なんて
注文も出してはみますが、それもあくまで河合先生しだい。
 彼女がダメと言えばだめ。私たちに決定権はありませんでした。

 そのあたり子供の立場は辛いところです。

 でも、これが中学生になると一変します。誰の手も借りません。
朝は自分で起きてバスルームに行き、顔をや身体を洗い、自分で
髪をとかします。その日に着る服だってクローゼットから自由に
選ぶことができました。
 もちろん、それをお父様が気に入るかどうかは別問題ですが、
自由の幅がぐんと増えることは確かです。

 女の子にとって自分で自分を装えるってとっても大事な事です
から小学生の私たちには隣りで作業する中学生のお姉さまたちが
羨ましくて仕方がありませんでした。

 ただ、そうは言っても良いことばかりではありません。実は、
困った事もあったんです。

 私たちは家庭教師の先生にお任せですから、どんなに寝ぼけて
いても先生がベッドから引きずりだしてくれますし、バスルーム
でふらふらしていても勝手に身繕いが済んでしまいます。

 ところが中学生になると、そうはいきませんでした。
 必ず自分で起きなければなりませんし、自分で身繕いをしなけ
ればなりません。『今日は疲れてるから今日だけ先生お願い』と
いうわけにはいきませんでした。

 そのうえ、シャワーを浴びて身を清めたり、髪をとかしたりと
いった作業は担当の家庭教師がチェックしていますから手抜きも
できません。
 お父様の待つ大食堂では子供たちの誰もがきちっとした身なり
で現れなければなりませんでした。

 戦後、爵位がなくなったと言ってもお父様は元男爵。ご本人は
家にいる時でも常にきちっした身なりをなさっています。
 ですから、子供たちにもきっとそうして欲しかったのでしょう。
『子供だからだらしのない身なりをしていても仕方がない』とは
お考えにならないみたいでした。

 目やにをつけたまま食堂のイスに座ろうものならまず顔を洗う
ようにお命じになりますし、寝癖を残したぼさぼさの髪や上着の
ボタンが外れているのもNG。スカートの裾からほんの少しだけ
シミズがはみ出していただけでも家庭教師が付き添って化粧直し
です。

 とはいえ、朝寝坊は大半の子に起こるもの。
 この日の朱音(あかね)お姉さまを襲ったのもそうした不幸で
した。

 朝の食堂には、男爵様の家でお世話になっている男の子二人、
女の子五人の合計七人が身なりを整えて朝の挨拶にやってきます。

 一番上は高校三年生の隆明お兄様、二番目が高二の小百合様、
こうした人たちは私たちのような子供から見ると兄弟というより
むしろお父さんとか、お母さんといった感じに見えます。

 どういうことかというと、このお二人は単に身体が大きいだけ
でなく、言ってる事、やってることが立派過ぎて私たちとは話が
かみ合わないからでした。

 何か言われる時は、たいてい雲の上から言葉が降って来る感じ
で、つまらないんです。
 こちらが返す言葉も、「はい、お兄様」「はい、お姉さま」と
しか言えませんでした。

 ま、その代わり、よく抱っこしてもらいましたから、そういう
意味でもお父さんお母さんみたいだったんです。

 この下は中学生。三年生の健治お兄様、二年生の楓お姉さま。
そして一年生の朱音(あかね)お姉さまです。

 このグループはお父様からある程度独り立ちを認められていま
すから、自分で自分の身体を洗うことができますしクローゼット
にあるどんな服でも自由に選んで着ることができます。

 でも、数年前までは、私たちと同じ立場だったわけですから、
まだ子供時代の雰囲気も残しています。

 私たちが冗談を言ったり、こちらがふざけても受けてくれます
し、読んでるマンガが同じだったりしますから、話も合いやすい
関係でした。

 その中学生グループの一人、朱音お姉さまがこの日の朝はなか
なか食堂に現れませんでした。

 他の子はとっくにお父様へのご挨拶を済ませ席に着いています。
最初の料理、ポタージュだってすでにテーブルに乗っています。

 そんな時でした。
 バタバタという足音が近づいてきたかと思うと、いきなり一陣
の風が食堂に吹き渡ります。
 とても急いでいたのでしょう。『ドン』という普段ならしない
音がしてドアが開いたのでした。

 少し前かがみになって激しい息遣いが私の座る席までも聞こえ
そうです。

 「女の子じゃないみたいね」
 どなたかがそうおっしゃいましたが、まさにそんな感じでした。
ゲームやマンガに出てくる『艱難辛苦を乗り越えて、今、お城の
大広間に乗り込んだ若き勇者』というところでしょうか。

 精悍な感じはすると思うのですが……
 でも、お父様にはあまり歓迎されませんでした。

 遅ればせながら朱音お姉さまが朝のご挨拶にお父様のそばまで
行くと、お父様の方で手招きします。

 「お前、目に何かついているぞ」
 まずは、お姉さまの目やにをナプキンで払い除けてから、その
全身を一通り見回します。

 「凄い格好だな。髪ぼさぼさ、上着のボタンは外れていて……
ん?……そのスカートの裾からチラチラ覗いているそれは何だ?」

 お姉さまは朝のご挨拶をしようと思ってそばに寄ったのですが、
これでは何も言えなくなってしまいました。

 「昨日の夜のお相手は誰だ。萩尾望都さんか?竹宮惠子さん?
それとも、大島なんとかさんかな?」
 お父様は家庭教師の武田京子先生を通じてお姉さまが夜な夜な
夜更かししてマンガを読んでいたのをご存知だったのです。

 ちなみに、お父様世代が読んでいた漫画は今のような形式の物
ではありません。手塚治虫先生登場以前の作品です。『のらくろ』
あたりでしょうか。単純で滑稽なショートストーリー。
 お父様は、複雑なストリー展開や人の情愛、感情の機微などを
マンガが伝えられるだなんて思ってらっしゃいませんから、漫画
は全て低俗な悪書だったわけです。
 当然、娘が夜更かししてまで読むものではありませんでした。

 「おまえは、まだ自分で自分の事が管理できないみたいだな」

 「…………管理って……」
 こう言われて、お姉さまは何か言いたげだったのですが……

 「お前はまだ子供だってことさ………………先生……武田先生」
 お父様はこう言っておいて専属の家庭教師武田先生を呼びます。
 武田先生は私たちでなら河合先生にあたる方、同じ役目でした。

 「先生、ご苦労だけど、この子を洗ってやってくれませんか?」
 お父様は捨て猫でも処理するように武田先生へ依頼します。

 「はい、承知しました」
 武田先生は一流大学を出た立派な才女ですが、ここではお父様
に雇われているわけですし、そもそもこうなったことについては
ご自分にも責任があると感じられたのでしょう、二つ返事で引き
受けられると、朱音お姉さまを連れて食堂を出て行かれました。

 で、どうなったか?

 どうって、特別な事は何もありません。お姉さまが久しぶりに
私たちと同じ朝の体験をしたというだけです。

 身体をゴシゴシ洗われて……「ほら、腰を引かない」とかね。
 髪をセットしている最中……「ほら、脇見しない!」とかね。
 出してきた服に文句を言うと、「贅沢言わないの。あなたには
これが似合ってるんだから」とかね。
 言われたんじゃないかなあと思います。

 ただ、武田先生からは念入りに洗っていただいたのでしょう。
朱音お姉さまが食堂に戻られた時はもう大半の子が朝食をすませ
ていました。
 中には早々席を立つ子もいて、そんな時に朱音お姉さまが準備
を終えて戻ってきたのでした。

 遥と私は、その時もまだお父様の席で何やら話していました。
 子供の役得で、お父様のお膝の上はいつ登ってもセーフエリア
(安全地帯)だったのです。

 今のように情報がたくさんある時代ではないので、お父様から
の情報は子供たちにはとっても新鮮で貴重なんです。
 色んな話題や知識がそこにはありますから、食事が終わっても
私たちはできる限りお父様のそばにいたのでした。

 そこへ武田先生と一緒に朱音お姉さまが食堂に帰ってきました。
 もちろん、今度は一部のすきもなく仕上がっています。
 まるで、これから舞踏会にでも行くみたいでした。

 「わあ、綺麗!」
 「こんなドレスで食事するの?」
 二人の目の前をお姫様が通過します。

 「お…おはようございます。お父様」
 武田先生に背中を押されて少し緊張気味にご挨拶。
 そりゃそうです。さっきお父様に叱られてこうなったわけです
から朱音お姉さまだって心から笑顔というわけではありません。

 「おうおう、綺麗だ。綺麗だ。見直したよ。女の子はやっぱり
こうでなちゃいけないな…………武田先生、ご苦労様でした」
 感嘆の声を上げるお父様。余計な手間をとらせた武田先生をも
ねぎらいます。

 「やはり、ちゃんとしていれば朱音が姉妹の中で一番綺麗だよ」

 たとえお世辞でもお父様にこう褒められれば、朱音お姉さまも
はにかんで笑顔がこぼれます。

 ただ、我が家の場合。これでめでたしめでたしというわけには
いきませんでした。

 「よし、では食事にしようか。でも、その前に……朱音。鏡を
持って来てこの椅子に敷きない。お前もその方がはっきり目覚め
ることができるだろうから……」
 お父様は、ご自分の隣りにある椅子の座面を叩きながら、朱音
お姉さまに命じます。

 お父様がおっしゃる『鏡』というのは本当の鏡ではありません。
 鏡を椅子に敷くなんておかしいでしょう。

 ここでいう鏡はまるで鏡のように磨き上げられた鉄の板のこと。
 その冷たい金属の板を座面に敷き、その上に裸のお尻を乗せる
という罰なのです。

 実はこれ、学校でも同じ罰がありますから、女の子にとっては
わりとお馴染みのお仕置きなのですが、さらに我が家では、その
鉄板を冷やすための専用冷蔵庫まで用意してあります。

 キンキンに冷えた鉄板の上に裸のお尻を乗せればそりゃあ目は
覚めるでしょうが……

 「はい……」
 朱音お姉さまは短く答えてその冷蔵庫に向かいます。

 その瞬間、お父様は、まだ食堂に残っていた健治お兄様にだけ
ここを出るよう指図されましたが、他にも残る女の子たちには、
何もなさいません。

 もちろん、食堂にまだ残っていた数人のお姉さまたちも事情は
ご存知です。でも、そもそもそんな事に感心を示す人などここに
はいませんでした。

 これって、学校でも家庭でもわりと頻繁に行われる罰なので、
私も含め女の子たちはすでに全員経験済み。今さら驚きません。
 それに何より女の子が女の子のお尻見てもしょうがありません
から。

 ただ、そうはいっても本人は別です。だいいちトイレでもない
こんな人前でショーツを脱ぐのは恥ずかしいことですし、お尻が
鉄の板に当たる瞬間、その冷たさに思わず顔色を変えないように
気を配ります。

 幸いロングスカートが裸のお尻を隠してくれますから外からは
普通に食事をしているように見えますが、キンキンに冷えた鉄の
板はよく尿意を呼びさまします。

 そして、それを我慢していると……
 「どうした?……行って来なさい。こんな処でお漏らしなんか
したら、それこそ恥ずかしいよ」
 こんなことをお父様に言われてしまいます。
 これもまた恥ずかしいことでした。

 冷たい椅子に腰掛けて独りでする食事なんて誰だって嫌です。
 でも、だからと言って「こんな物いらない」とは言えませんで
した。
 お父様が特別な理由なく食事を抜くことを許してくださらない
のです。

 『出されたものは全て食べること』
 これがお父様の厳命ですから、食事を拒否することはお父様の
お言いつけに逆らうこと。当然、それなりのお仕置きを覚悟しな
ければなりません。

 朱音お姉さまは重い手つきでスープを口に運びます。

 もったりもったりとした様子。
 そんなゆっくりとしたペースに、今度は、お父様が動きました。

 「ほら、いいから口を開けて……このままじゃ学校に遅れるよ。
ほら、あ~~ん」

 お父様は自ら大き目のスプーンに料理を乗せてお姉さまの口元
へ運びます。

 お姉さまは恥ずかしくても、それをパクリっとやるしかありま
せん。

 「よし、その調子だ。お前にはまだこの方が似合ってるな」
 お父様にこんな事を言われても、やはり黙っているしかありま
せんでした。

 「美味しいか?……美味しかったら『はい』って言いなさい」
 「はい……」
 恥ずかしそうな笑顔から小さな声が聞こえました。

 二口、三口、スープをお姉さまの口元へ運ぶと、今度はお肉を
切り分け始めます。

 今度はフォークに突き刺して……
 「あ~~~ん」

 「ほら、もう一口。…………よし、食べた」
 お姉さまは口元を汚しながらお肉を頬張ります。

 「よし、もう一つだ…………頑張れ~~」
 一方お父様はというと、もう完全に朱音お姉さまを赤ちゃんに
して遊んでいました。

 「おう、いい子だ。よく食べたねえ。……ほら、もう一口……
おう、えらいえらい。今度はサラダにするかい?」

 お父様の問いに口いっぱいにお肉を頬張っている朱音お姉さま
は口が開けられません。

 「サラダ嫌いかい?ダメだよ。野菜もちゃんと食べないと……
誰かさんみたいに便秘しちゃうからね。………よし、口を大きく
開けて……あ~~入った入った。……お前はやっぱりその笑顔が
最高に可愛いよ。独り立ちさせるのちょっと早かったか。また、
小学生に戻るか?私と一緒にネンネしようか?」
 お父様はお姉さまをからかいながらひとり悦にいっています。

 でも、こんな赤ちゃんみたいな食事に朱音お姉さまが歯を喰い
しばっているかというと……

 もちろん、恥ずかしいことなんでしょうが、お姉さまの顔は、
どこかお父様に甘えているようにも見えます。

 お父様の給仕が早くて思わずゲップなんてしちゃいますけど、
お姉さまの笑顔がすぐに復活してお父様を喜ばせます。

 「おう、ちょっと早かったか。じゃあもっとゆっくりにしよう」

 食事するお姉さまにとって両手は何の役にもたちません。イヤ
イヤすることもできません。今は、お父様に向かって笑顔を作る
ことだけが仕事みたでした。

 これってお姉さまに与えられた罰と言えば罰なんでしょうけど、
こうやってお父様と食事するお姉さまの姿は、時間の経過と共に
どこか楽しげなもへと変わっていきます。

 ですから……
 『いいなあ、私もやってもらおうかなあ』
 なんて思ったりして……小学生は不思議なものです。

 でも考えてみたら、朱音お姉さまだって数ヶ月前までは小学生
だったわけで、中学生になったからって、いきなりすべてが切り
替わるというわけではないようでした。

 そして、テーブルの料理が三分の一くらいなくなったところで、
朱音お姉さまはやっと自分の手で食事をすることができるように
なったのでした。

 ただ……
 「武田先生。朱音は、今日の午前中、体育の授業がありますか」
 その空いた時間にお父様が武田先生に尋ねます。

 「いいえ、今日は体育の授業はありません。午前中は特に体を
動かすような行事はないと思います」

 武田先生の答えは朱音お姉さまを再び震撼させます。
 いえ、それは私にもわかる結論でした。

 ところが……
 「さあ、あなたたち、そろそろ学校へ行く準備をしないと遅れ
てしまいますよ」
 河合先生が呼びに来て、私たちはそれから先の様子を見る事が
できませんでした。

 でも、その様子は見なくてもだいたいわかります。
 なぜって、それは私たちにも沢山経験のあることだからでした。

 おそらく朱音お姉さまはたくさんのイラクサをショーツの中へ
これでもかと言わんばかりに詰め込まれます。

 まるでオムツみたいになったパンツを穿いての通学。
 これで歩くとまるでアヒルみたいですから、傍目にもお仕置き
を受けたんだなってすぐにわかるのでした。

 しかも、これってただ歩きづらいというだけでなく、登校後に
イラクサを取り去っても、なかなか痒みがとれないのです。
 そこで症状が悪化しかねない体育が午前中にある時はやらない
のが不文律になっていました。

 二人は廊下に出てから顔を見合わせて笑い転げます。

 そりゃあ、私がそんな事されたらとっても嫌ですが、他の子が
お父様の目の前でスカートを持ち上げ、そこに表れたパンツも、
お父様から引きずり下ろされて、その中にたくさんのイラクサを
詰め込まれているなんて想像しただけでも楽しい事だったのです。

 「あなたたち、笑いすぎよ。……もっと他人を思いやる気持を
持たなきゃ」
 河合先生に注意されて酔いは醒めますが、それまではお腹抱え
て笑い転げていたのでした。

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小暮男爵

***<< §5 >>****

 お父様と私はお勉強を終えると、その後は一緒の布団で寝ます。

 タオルケットでぐるぐる巻きにされて、その身体をギューって
もの凄い力で締め上げられながら、私は学校の事を話しお父様は
ご自分の昔話をなさるのです。それって、脚色もあるんでしょう
けど、まるで童話のように楽しいお話でした。

 子供の頃悪戯ばかりしていてよくお尻を鞭でぶたれていた話や
ヨーロッパへ留学していた頃ラグビーの試合で気絶して優勝した
瞬間は覚えていないことやヨーロッパのお姫様と秘密のデートを
重ねた思い出、ヨットが遭難して無人島で一週間も過ごしたこと
など色々です。

 どれもこれも面白くて私を興奮させます。
 そして、その興奮がひとしきり収まった頃、私はお父様の胸板
に鼻の先をちょこっとだけ着けて眠りにつくのでした。


 翌朝、
 私は起きると自分が真っ裸にされていることに気づきます。

 『あっ!』
 焦った私はタオルケットを強く引き寄せましたが、どうやら、
それに気づいてお父様も目が覚めたみたいでした。

 「おっ、起きたか」
 ご機嫌な笑顔が目の前に……

 「おはようございます」
 私はちょっぴりくぐもった声になりました。

 「はい、美咲ちゃん、おはよう」
 お父様は私の鼻の頭を撫でただけでしたが、その瞬間、あの時
の胸の痛みが再び現れます。

 『そうか、これって、恥ずかしいってことなんだ』
 私はこの『ドキッ』という衝動が恥ずかしいという感情なのだ
と、この時初めて知ったのでした。
 だって、これまではお父様に限り恥ずかしいなんていう感情は
起きませんでしたから。

 えっ、そんなの変ですか?
 でも、そうなんです。

 我が家でのお父様というは、昨今流行の『足長おじさん』風と
か、『親切な他人』風といった軽い存在なんじゃなくて、まるで
神様みたいなものなんです。

 だって、この家ではどんなに強そうな下男もどんなに賢そうな
家庭教師もお父様の前ではかしこまっています。大人でも誰一人
逆らえませんから一番偉い人のはずです。ましてや何の力もない
子供の場合はなおさらでしょう。

 子どもたちにとってお父様というのは、その存在が空気みたい
に当たり前で、かつ宇宙みたに巨大なものですから、それが無く
なるとか、そこから離れようなんてそもそも考えることがありま
せん。

 たとえお仕置きにあっても、それは友だちとの喧嘩なんかとは
違って、これはもう自然災害みたいなものですから、諦めるしか
ないわけで、どんなに厳しいお仕置きになってもお父様を恨むと
いうことにはなりませんでした。

 もし、あなたが自分以外誰一人いなくなった地球で、素っ裸に
なったとしましょう。それって恥ずかしいと感じるでしょうか。
私とお父様の関係って、そんな異次元の関係だったんです。

 子供たちは、幼い頃からお父様のもとで絶対服従を強いられて
いましたが、それって空から雨が降ってくるくらい当たり前の事
でしたから気にしても仕方がありません。逆に、普段はたっぷり
愛されていますから、殊更不幸を嘆く必要もありませんでした。

 そんな人間関係では、他の人の前でなら必ず起きる事が起きま
せん。恥ずかしいという感情が起きないのです。私は、お父様の
前でなら、素っ裸になっても感じる事は何もありませんでした。

 ところが……
 そのお父様の前で、今、恥ずかしいと感じる。そんな当たり前
のことが、この時初めて起こったのでした。

 でも……

 「ん・どうした?恥ずかしいのか?」
 お父様の方からせっかくそう問いかけてくださったのに、私は
首を振ってしまいます。
 自分の気持が何なのか、その時はまだ確信が持てませんでした。

 それに気をよくしたからでしょうか、お父様が……
 「よし、それじゃあ、今日は、まず浣腸しようか。河合先生の
お話では、ここ三四日はお通じがないっておっしゃってたから。
私もさっきお腹を押してみたけど、美咲ちゃんのお腹、やっぱり
張ってるみたいだよ」

 お父様はまだ寝ぼけ眼の私が一瞬にして飛び上がるようなこと
を軽る~く言ってのけます。
 それを聞いた私の目は点になっていました。

 「あっ、先生。美咲にカンチョウしようと思うんですが、今、
手伝っていただけますか?……あっ、そうですか、お願いします」
 お父様はベッド脇のインターホンを使ってさっそく河合先生を
呼びだします。

 慌てた私は思わず全裸でベッドの脇に仁王立ち。
 でも、そこから先、私は体が動きませんでした。

 いえ、本心はこの部屋から逃げ出したいのですが出来なかった
のです。

 そもそも私の場合、たとえ自分のことでなくとも『カンチョウ』
という言葉を聞いただけで、やはり全身鳥肌、全身金縛りでした。

 身体は動きませんが、頭の中では不幸の記憶が回っています。
 苦々しい思い出が次々に蘇って仁王立ちの私を苛むのでした。

 お浣腸でまず嫌なのがあの姿勢です。特に私の家では赤ちゃん
がオムツ換えをする時のような仰向けで両足を高く上げる姿勢で
やらされますから、その瞬間は、無防備で何一つも隠せません。
お父様はともかく、たとえ同性でも河合先生にあそこを覗かれる
のは恥ずかしくて仕方がありませんでした。

 次はお薬が入ってくるあの瞬間です。お尻の穴に差し込まれた
ガラス管の冷ややかな感触やそこから発射されたグリセリン液が
直腸を逆流していくあの感触。恥ずかしい姿勢ともあいまって、
心は屈辱感でいっぱいになります。

 おまけにお薬の注入が済んでもすぐにトイレへは行けません。
 次は、オムツを当てられて、ウンチを出るのをできるだけ我慢
しなければなりません。たいていはお父様に抱っこされた状態で、
目を真っ赤にして見開き、お父様の襟の辺りを必死に握りしめて
我慢することになります。

 その苦しいことと言ったら、マジで死ぬ思いです。

 ところがそんなお父様の胸の中であやされていると、それとは
別の感情もわきます。安らぎというか、恍惚感というか、お酒に
酔ったみたいというか、とにかく不思議な気分です。
 この瞬間は私の心の中で天国と地獄が同居しているようでした。

 『もし、穿かされたオムツにやってしまったら……』

 そんな超恥ずかしいことが頭の中を支配するなか、それが一瞬、
とても楽しいことのように感じられたりして………でも、今度は
そんな事を思っている自分に気づき、思わずゾッとして我に返る。
 そんなことの繰り返しなのです。
 とにかく必死に頑張るしかありませんでした。

 お父様は、娘のことだと思って…
 「大丈夫、大丈夫、どうにもならない時はお漏らししてもいい
んだよ。お父さんだっておまえのオムツを取り替えてあげた事が
あるんだから……」
 なんておっしゃいますが、それはもちろん私が赤ちゃんの時。
病気の時てせす。こんなに大きくなってから、そんなの絶対に嫌
でした。

 もしこの事がお姉さまたちに知られたら、恥ずかしくて、私、
この家で生きていけなくなります。

 私が恥ずかしくないと言ったのはあくまでお父様と二人だけで
いる時だけ。他の人に対しては、みんなそれなりに恥ずかしいと
いう気持を持っていました。

 「よし、もういいぞ。ここでやってしまおうね」
 お父様はこう言って河合先生に私専用のオマルを用意させます。

 「いや、私、トイレ行くから」
 私は最後の力を振り絞ってお父様の胸から出ようとしますが、
たいてい果たせませんでした。

 「ほら、オムツが取れた。もうちょっとだけ我慢してね」
 お父様の声が遠くに聞こえます。

 もちろん排泄は屈辱的ですがその前に我慢できるだけ我慢させ
られていますから、その瞬間はもう放心状態です。
 お父様に両方の太股を持たれて人間イス状態で用を足します。
その時は恥ずかしいだなんて感じる余裕すらありませんでした。

 いつも決まってこんな感じです。
 しかも、終わった後もお薬の影響で下腹が嫌な感じで渋ります
から、これも最悪でした。
 ですから、こんなことをされた朝はホントに最低最悪なんです。

 こんな最低最悪の朝は拒否したいところですが、そこは悲しき
小学生。お父様がいったんやるとおっしゃったら小学生がそれを
拒否することなんてできませんし、逃げ出すこともできません。
 ここを出ても生活ができませんから小学生には逃げ出す場所が
ないのです。

 そんなわけでこの日の朝もインターホンで呼ばれた河合先生が
ピストン式のガラス製浣腸器やら蒸しタオルやらを持ってお父様
の部屋へとやって来ます。

 「ねえ、やめて……お願い……ねえ、やめようよ。恥ずかしい
もん」
 私はお父様におねだり声で擦り寄りますが……

 「大丈夫だよ。見てるのは、お父さんと河合先生だけだもん。
それともサッチャン(お手伝いさん)に手伝ってもらおうか?」
 
 「いや、絶対にいや。…ねえ、これって私へのお仕置きなの?」

 「オシオキ?……いや、そんなつもりはないけど…………ああ、
昨日のことね。たしかに、お父さんと一緒に暮らすこの一週間は
今までより大変かもしれないけど、それは美咲ちゃんにきちっと
した生活習慣を身に着けて欲しいからなんだ。遥ちゃんは、まだ
自分の事で手一杯みたいだから僕が助けなきゃって思ったんだよ」

 「じゃあ、このお浣腸はお仕置きじゃないの?」

 「もちろんそうだよ。お腹に老廃物が溜まってるのは健康にも
よくないからね。いらないものは出してしまわないと」

 「いらないものって……私、わざと溜めてるわけじゃないし…」
 声が小さくなります。

 「それにだ。最近、美咲ちゃんがお友だちと喧嘩したり学校の
成績がイマイチだったりするのも、便秘でお腹が重くるしくて、
ストレスになってるからじゃないかと思ってね」

 お父様の言葉には、それなりに説得力がありますが、だからと
言ってそれをあっさり認めるわけにはいきません。

 「そっ……そんなことないよ。わたし全然平気だよ。……関係
ないよそんなこと……ほんのちょっとだもん」
 私は慌てて否定しますが……

 「そう、ほんのちょっだけなんだ。だったら、やっぱりお腹は
張ってるんだ」
 
 「だから大丈夫だよ。そんなことでお友達と喧嘩なんてしない
し、勉強ができないなんてことないもの」
 
 「でも、お腹が張ってるのは自分で分かるんだろう?」

 「それ……は」
 私が口ごもると、その後はそのまま押し切られてしまいます。


 素っ裸のままお布団の上に仰向けになって、両足を高く上げ、
その上げた両足が下りないように太股を自分の両手でしっかりと
支えます。
 やがて大きな注射器のようなガラス製の浣腸器の先が私のお尻
の穴を突き刺すのですが、それを待つこの瞬間が一番嫌でした。

 女の子にとってすべてがあからさまになって隠すところがない
なんて……逃げ場がどこにもないわけですから……本当にこの上
なく恥ずかしいんです。
 
 「さあ、いくわよ。力抜いて」
 河合先生の声がして、ガラスの先端が私のお尻の穴を突き刺し
ます。

 幼い頃はお浣腸が嫌で嫌で仕方がありませんから、そのガラス
の先端がお尻の穴に触れた瞬間、肛門を閉めて必死に抵抗した事
もありました。

 ところが、ある時お父様がそれに怒って、ここにお灸をすえた
ものですから、それ以来なくなりました。

 お父様は私たちを養女にしていますが、年代的に言うとお父様
と言うより御爺様世代。ですからお灸なんていう古風なお仕置き
もお父様の中ではいまだに現役だったんです。

 お灸はキツイお仕置きだったのでいつもいつもというわけでは
ありませんが、ここぞという時は、他の姉妹をわざわざお部屋に
招いてから行います。

 熱いのと恥ずかしいのが一緒になった公開処刑です。

 お灸をすえられた回数は人によってさまざま。一学期に一回は
必ずというお転婆さんもいれば、一年か二年に一回あるかないか
というおとなしい子もいます。

 ただ、ここを巣立つまでの間に一度もすえられたことがないと
いう子はいなかったんじゃないでしょうか。
 どの子の肌にも、確かにお父様に育てられましたという証しと
しての灸痕が身体のどこかについていました。

 特に私がやられた肛門へのお灸はとびっきり熱くて、しばらく
はウンチをするたびにそこが沁みますから他のお灸のお仕置きに
比べても大変です。

 このため、ピストン式のガラスの先端がお尻の穴に当たると、
最初は必ず肛門を閉じますが、すぐにそれを思い出して緩めます。

 最初はお浣腸をされたくない一心で肛門をきつく閉じてしまう
のですが、すぐにそれがどんなに厳しいお仕置きに繋がっている
かを思い出して今度は反射的に肛門の筋肉を緩めてしまうのです。

 ならば最初からお尻の筋肉を緩めたままにしておけばよさそう
ですが、それがそうもいきません。
 実はこの一連の作業、頭で判断していたというより、ほとんど
無意識にこうなってしまうのでした。

 『んんんんんん』
 お薬が入ってくる瞬間は毎度毎度何ともいえない不快感です。

 『あ~~トイレ、トイレ』
 私は心の中で叫びます。

 お薬の注入が終わると、すぐにオムツが当てられ、私の身体は
河合先生からお父様に引き渡されますが、この時はすでにトイレ
へ行きたいという状態になっていました。

 『わ~~~だめ~~~』
 グリセリン溶液は即効性がありますから、すぐに効果がでます。
それももの凄い勢いでお腹が下りますからたちまち全身脂汗です。
 でも、すぐにおトイレへ行けるわけではありませんでした。

 5分、10分、いえ、時には20分もお父様の胸の中で我慢を
続けなければなりません。

 「ああ、いい子だ。でも、もうちょっと我慢しようね」
 私を引き取ったお父様は玉の汗をかきながらもパジャマの襟を
必死になって握りしめる私の顔を優しく見つめます。

 「ああ、いい子だ、いい子だ。頑張れ、頑張れ、もう少しだよ」
 お父様は10歳を越えた娘をまるで赤ん坊のようにあやします。

 「………………」
 おしゃべりな私はお仕置きの最中ですら余計な一言を言っては
お父様をさらに怒らしたりするのですが、さすがにこの時ばかり
は何一言も声がでません。
 もし、何かしゃべったら、それがきっかけで飛び出してしまい
そうなんです。さすがの私も無口になるしかありませんでした。

 『お浣腸』って体(てい)の良い拷問みたなものなんのです。

 ところが、お父様はそんな時でも私を赤ちゃんに見立てて笑わ
そうとします。
 「ほら、美咲ちゃん、面白いか?ベロベロばあ~」

 「いやっ……やめて……」
 私は不快といった感じで最初はお父様を睨みます。

 でも、そんな声と顔は長く続きませんでした。お父様のそんな
百面相を見て笑い上戸の私がつられて笑ってしまいますから困り
ものなのです。

 実際、こんなにも大変な状況なのに傍目には微笑ましい光景と
感じられる不思議な世界でした。

 さて、お父様からそんな風にしてオモチャにされているうち、
大人用の量を入れられた私のお腹はどうにもならないところまで
きてしまいます。

 お父様のパジャマの襟を必死に掴んで耐えられるだけ耐えては
きたものの、今さらオムツを外されてもトイレへ駆け込む時間は
残っていないと分かります。

 だって、その間に爆発しちゃいますから……

 そんなこんなはお父様もよくご存知です。
 そこでお父様が空気イスで私を支え、私は室内便器(オマル)
で用をたすことになります。
 オムツの赤ちゃんが『ママ、ウンチ』と言ってやってもらう、
あれと同じ姿です。

 終わると素っ裸の私は涙目で嫌なことをしたお父様の大きな胸
を叩き続けますが、その身体が再びお父様の抱っこの中へと吸収
されてしまうと、私はその胸中で隠れるようにまた笑ってしまう
のでした。

 自分でもなぜこんな時に笑ってしまうのかわかりません。
 でも、この時代はまだそれを押さえることができませんでした。

 私はお外では小学校高学年の女の子です。自分で言うのも変で
すが、わりとしっかりした少女です。でも、お父様との間では、
私の心は依然として幼い頃のまま。お人形のままです。

 「さあ、抱っこしてあげよう」
 なんてお父様に言われると、その誘惑に勝てません。どんなに
怒り心頭に達している時でも、お父様のこの一言で簡単に擦り寄
ってしまうでした。

 そんな様子を見続けてきたお父様はこのフレーズを多様します。
要するに私はまだ赤ちゃんだと思われてるわけで、私がお父様に
一人前の娘として認められ、色んなことに自由が与えられる日は、
この時点ではまだまだ遠い先のようでした。

*************************

小暮男爵 << §4 >>

小暮男爵

***<< §4 >>****

 遥ちゃんと離れて久しぶりにお父様と一緒の暮らし。
 つい六ヶ月ほど前まではここが私の勉強部屋兼生活の場でした
から元の生活に戻ったというべきかもしれません。

 この部屋は、本来お父様の書斎。ですから、この部屋の大半は
お父様のスペース。百科事典や美術書、学術書などなど大きくて
重たい本が作りつけの本棚に収められ壁と一体化していますし、
ライティングデスクの上には、お父様が書き物をする為に集めた
資料がいつも山となって積まれています。

 その一角に、こんな部屋の雰囲気とは似つかわしくないピンク
の勉強机、ピンクの本棚が置いてあるのですが、この辺りが私の
居住スペースでした。

 机の上には学校の教科書や参考書が並び、壁には私が展覧会で
入選した時の絵や習字、家族旅行の写真などが貼られ、本棚には
図鑑や児童書、地球儀、バイエルの教本などが置かれています。

 人目につく場所に置いてあるのはいずれも勉強か習い事に関係
ありそうなものばかり。例外はお父様から買ってもらったピー子
という大きな熊のぬいぐるみくらいでしょうか。これだけは箱に
入りきれないので本棚の一番上で腰掛けてます。

 でもそれ以外のマンガやオモチャは、お父様との約束ですべて
大きなダンボール箱に入れてしまい、使う時だけ取り出すことに
なっていました。

 遊んだ後は、また元のダンボール箱にしまわなければなりませ
んから二度手間です。オモチャをしまう時は『めんどくさいなあ』
と思いますが、しまい忘れると叱られますから渋々やってました。

 もし、オモチャをしまい忘れる日が続くようだと、『お仕置き』
なんてことも……普段は優しいお父様ですが怒るととてつもなく
恐いんです。

 我が家の場合、お父様を怒らせた場合、パンツを剥ぎ取られて
お尻を叩かれるというのが一般的ですが、お仕置きはお尻叩きと
決まっていたわけでありません。ケースバイケースで種類は色々
でした。

 お庭や廊下に立たされたり、百行清書なんてのはまだ上品な方
で、悪さがすぎると、例えば自分の部屋のベッドでお浣腸の姿勢
でずっと待たされたり、お庭に自生しているイラクサをパンツの
中に仕込まれて登校させられたり、なんて破廉恥な罰もたくさん
用意してあります。

 イラクサというのは西洋のおとぎ話なんかに出てくるあれです。
これには刺毛と呼ばれる細かな毛がびっしりはえていますから、
歩くたびにそれがお股に刺さって大変なんです。

 ですから、家から見えない処でパンツから取り出し、学校近く
まで来たらまた入れ直す、なんてズルも上級生になると覚えます。

 登校した後は保健室へ行って先生からイラクサを取っていただ
くんですが、保健の先生からお薬を塗ってもらう処も恥ずかしい
場所ですし、何より半日くらいはそこが痛痒くて仕方ありません
でした。

 ですからクラスに戻ってからも、人目もばからずお股を掻いて
しまいます。
 すると今度は担任の先生から『美咲ちゃん、はしたないわよ』
って……でも、本当に痒いんですからこれは仕方がありません。

 ある時、先生に……
 「先生は、やられたことないから分からないのよ」
 って啖呵をきったら……
 「そんなことないわ。私も子供の頃は両親から散々やらされた
もの」
 と言われてしまいました。

 どうやら『イラクサパンツ』というのはこの辺りでは伝統的な
子供のためのお仕置きのようです。

 その他にも、勉強中に居眠りなんかしていると、冷たい鉄板を
イスに敷かれて、そこに裸のお尻を乗せなきゃならなかったり、
オナニー癖のある子なんか、ゴム製の貞操帯を締めさせられたり
もします。

 他にも色々あります。特に女の子は種類が豊富でした。きっと、
大人たちは日々子どもにどうやってお仕置きしようか考えている
んじゃないでしょうか。そのくらい女の子へのお仕置きの種類は
バラエティーに富んでいました。

 でも、そんな私たちには厳し過ぎるお仕置き事情も先生たちに
言わせると、最近は親が子供に甘いんだそうです。


 さて、話が脇道にそれてしまいましたが、さっきの続きです。

 同居していた遥ちゃんの部屋から元いたお父様の書斎へ、私が
荷物を運び入れると、お父様がさっそく私の学習机の前にご自分
のイスを置き、そこに腰を下ろして膝を叩きます。

 これは……
 『さあ、美咲、お勉強するよ、ここへいらっしゃい』
 というサインです。

 実は私、ここへ来て以来ずっとそうなんですが、ごく最近まで、
お父様のお膝の上でしか勉強したことがありませんでした。
 ひらがな、カタカナ、ローマ字、九九も四則の計算も、みんな
みんなお父様のお膝で覚えたんです。

 ですから、私にとって勉強するというのは、まずはお父様の膝
に乗ることから始まるのでした。

 「おう、随分重くなったなあ」
 お父様の意外そうな声。
 お父様のお膝は六ヶ月ぶりですが、その間にも私の身長も体重
も増え続けています。

 「やったあ~」
 六ヶ月前を思い出し、腰を浮かして小さく跳ね回る私。楽しい
記憶が蘇ります。この場所、私、嫌いではありませんでした。

 この懐かしいふかふか感。お尻の割れ目に当たる軟らかい棒も、
昔からのことですからね、気になんてなりません。

 私は施設から引き取られて以来。このお膝で育ったようなもの
でした。多くのお姉さまたちは新しい妹がやってくるとその後は
この場所を明け渡さなければなりませんが、私の場合は、大きく
なってもお父様のお膝がホームグラウンド。
 ここで勉強し、ここで食事をして、ここで着替えも済ませます。
もっと幼い頃はお風呂やトイレまでも一緒でした。

 私だけじゃありません。ここに呼ばれた子供たちはまずお父様
のお人形となって人生のスタートを切るのです。

 ただ、私の場合その期間があまりに長いのでお姉さまたちから
は『あなた、何から何までお父様でよく恥ずかしくないわね?』
なんて呆れられてましたけど、私は『それがどうして悪いの?』
って居直ってました。

 だって、食事も、着替えも、お風呂も、トイレも……もちろん
全部独りでできますけど、大好きなお父様にやってもらえるなら、
そっちの方が楽で楽しいでしょう。だから自分からお父様のお膝
を下りるつもりはありませんでした。

 そのうち『私はお父様にとって特別な存在』なんて特権意識も
芽生えちゃったりします。もちろん、勘違いなんですが……。
 このように私の幼年期はお父様に甘えられるだけ甘えて暮らし
ていたのでした。


 この夜の私は算数のドリルや漢字の書き取りで2時間びっちり
絞られます。
 実はこのイス、身体の自由がききませんし、勝手に休憩もとれ
ません。おまけに勉強が終わる頃には、私とお父様の体温で全身
汗びっしょりです。

 決して快適な環境じゃありません。
 おまけに私は勉強が好きじゃありませんから、その間はずっと
大変な思いでした。

 「ほら、よそ見しないの」
 「抱っこされてると頭だってお父様の胸の中から動かせないの。
よそ見なんてできないでしょう!」
 私は口を尖らせます。

 「ほら、またあくびして……あくびなんかしてる暇ないよ」
 「仕方ないじゃない出ちゃうんだから。これは止められないの」
 私はスリッパを履いた足でお父様の向こう脛を蹴ります。効果
ありませんが……。

 「もっと集中して……ケアレスミスが多くなったよ」
 「やってるよ。これが私の精一杯。もう、これ以上無理なの!」
 身体全体をブルブルっと震わせます。これってせめてもの抵抗
姿勢でした。

 私はお父様が何か言うたびにぶつくさ。素直じゃありません。
よい生徒じゃないんです。
 でも、これもまた幼い日から続くいつもこと。お父様を本当に
イヤイヤしているわけではありませんでした。

 お父様のお膝はいつもふかふか。小さく上下に体を揺さぶると
楽しいですし、大きな胸の中にセットされた私の背中は安心感で
いっぱいです。
 一瞬のすきを見つけて厚い胸板に横顔を押し付けるなんてのも
心が癒されることでした。

 実際、私の身体はお父様によってどうにも身動きできないほど
拘束されているわけですが、幼い頃からこうやって勉強してきた
私にとっては、これがもっとも落ち着く場所だったのです。

 それだけじゃありません。お勉強が終わった後にお父様のお膝
の上で汗を拭いてもらい下着を取り替えるのも私にとってはお気
に入りのひと時でした。

 もちろん、それって私の心がまだ子供だから成立していた関係
なんでしょうけど。私の周囲には性の情報が何もありませんから
性の歩みは今の子よりずっとゆっくり。
 この時代の私はまだ純粋な子供で、お父様を性の対象としては
捕らえてなかったみたいでした。

 ただ、そんな私も歳を重ねます。性の情報はなくてもこの頃に
なると本人も気づかないうちに大人の入口に辿り着いていました。

 2時間後……

 「よし、よく頑張ったね。じゃあ、……今日はここまでにして、
ネンネしようか」

 お父様はそう言うと私を膝の上に立たせます。幼い頃と違って
この頃になると身体もだいぶ大きくなっていましたから、これは
大変な作業だと思うのですが、お父様はお構いなしです。
 わざわざ不安定な膝の上に私を立たせて服を脱がせ始めます。

 私も幼い頃からやっていますから要領はわかっています。
 危なくなれば近くにある本棚の棚を掴んでバランスをとります
から不思議と膝から転げ落ちるなんてことはありませんでした。
 ただ、お父様がなぜこんなアクロバティクなことを続けるのか、
それはわかりませんでした。

 我が家ではシャツもパンツも脱いでパジャマだけで寝る習慣に
なっていましたから、着替えの途中私は真っ裸になります。当然、
裸になった私の体はお父様の目と鼻の先に晒されるわけで、その
鼻の先が私のビーナス丘やお臍に当たるなんてことも……。
 ですから、ひょっとしたらそれが目的だったかも……。

 いずれにしても私とお父様の間にはそれ以上何も起こりません
でした。


 着替えが済んだ私は、そのまま抱きかかえられて、高い高いを
されたり、肩車されたり、頬ずりされたり、お父様とひとしきり
じゃれあってから布団に入ります。

 これってお勉強頑張ったご褒美なんですから、私としては純粋
に嬉しいことなんです。そりゃあ他の人に見られれば恥ずかしい
かもしれませんが私とお父様だけの場所なら何も問題ありません
でした。

 ところが、その夜は久しぶりのお着替えで緊張したのか、服に
お父様の手が掛かった瞬間、私の顔が一瞬曇ります。

 『えっ!!』
 どぎまぎする私。
 それって、当の私にも説明できない心の動きでした。

 きっと、それまで一度も意識したことのなかった私の性がその
瞬間だけ、人生で初めてうずいたんだと思います。
 いくら外からの情報が無い私でも女の子としての身体が素直に
反応したわけです。

 もちろん、お父様が自分とは違う性であることは私だって幼い
頃から知っています。知ってはいますが、それを体で感じたこと
など一度もありません。この時が初めての経験でした。

 私はほんの一瞬顔を曇らせただけでしたが、でもそんな微細な
変化にもお父様は気づきます。

 「どうしたんだい?私の顔に何かついているのかな?」
 お父様の苦笑い。

 「んんん」
 私は首を振ります。
 そして……
 「何でもない」
 私は素っ裸でお父様に抱きつきます。

 この時、ほんのわずかに膨らみかけていた幼い胸の先がお父様
に触れます。すると、また、あの電気信号が起きました。
 でも、ヴィーナスの丘はスベスベで産毛だけ。若草もまだ萌え
だしていません。
 そんな体で私はお父様に体当たりします。

 「……(う・れ・し・い)……」

 いつものようにお父様に抱きしめられた時、さっきまであった
胸の痛みは消えうせ、いつもの安らぎが戻っています。

 ん~~~これって、ファザコンというやつでしょうかね?

 かもしれませんね。ただ私だけじゃなくうちの姉妹はみんなが
そうだった気がします。お母様がいない家にあってお父様という
のは力も優しさも兼ね備えた絶対的な存在なのです。いわば神様
みたいなものでしたから、誰もが逆らえないだけじゃなくて誰も
がその愛を目指すことになるのでした。

 『お勉強は大変だけど、ここでお父様に抱いてもらえるのは、
そんな辛い時間を我慢したご褒美』
 私はお勉強を当時そんなふうに考えていました。

 そして、そのフレーズはお仕置きの時も同じでした。
 『お仕置きは大変だけど、辛い時間を耐えたらお父様はきっと
次の瞬間は優しくしてくれる』

 実際、お父様は私の期待を一度も裏切りませんでした。
 お勉強もお仕置きも最後は必ずお父様の抱っこの中でハッピー
エンド。

 ですから、私にとっては膝の上でのお勉強も膝の上でうつ伏せ
になるお尻叩きも同じ出来事(?)。お父様から幸せを得るため
の儀式だったのでした。

***************************

小暮男爵 < §3 >

小暮男爵

***<< §3 >>****

 その日は、夕食までは何も変わったことはありませんでした。
 五年生になってやっとお父様との添い寝から独立できた私は、
夕食の間じゅう一つ年上の遥ちゃんとおしゃべり。遥ちゃんとは
歳が近いこともあって何でも話せる間柄でした。

 ところが、それが一段落して、さて自分の部屋へ戻ろうとした
時です。私は家庭教師の河合先生から呼び止められます。

 「美咲ちゃん、お父様が何か御用があるそうよ。お父様、居間
にいらっしゃるから行ってちょうだいね」

 こう耳元で囁かれたものですから、す~っと頭の中から血の気
が引いていきます。

 『お仕置き!?』
 嫌な言葉が頭をよぎります。
 私に限らずそうなったことがたくさんありました。

 でも、行かないわけにはいきません。
 11歳の少女に逃げ場なんてありませんからそこは残酷でした。

 我が家の居間は、普段なら恐い場所ではありません。板張りに
ソファが並ぶ20畳ほどの洋間で、子供たちが自由にレコードを
掛けたりテレビを見たりします。

 おかげで少し騒々しい場所でもありましたが、お父様にとって
はそんな喧騒もまた楽しいみたいでした。
 ですから、よほどのことがない限り『うるさい』だなんておっ
しゃっいません。

 もちろん子供たちの出入りは自由。ただ我が家では、夕食後、
家庭教師の先生に居間へ行けと言われたら、それは要注意だった
のです。

 ここでは、お父様の耳元でパンパンに膨らました紙袋をパンと
破裂させても、ジャムがべっとり着いた手でお父様の襟を握って
も、お膝に乗って思いっきり跳ね回っても、それを理由に叱られ
ることはありません。
 ただ、無礼講のはずのこの場所も、子供たちにしてみたら天国
ではありませんでした。

 ここはお父様に愛撫されるだけの場所ではありまん。子供たち
はお仕置きだってここで受けます。

 たとえ高校生になった娘でも、お父様が命じれば妹たちがいる
この場所でパンツを脱がなければなりません。

 お父様は娘たちのお尻を素っ裸にして平手打ち。お浣腸やお灸
だってあります。
 ですから、この場所にはお尻への鞭打ちの際に身体を拘束して
おくラックやお浣腸、お灸などの用意もされています。

 私はこの居間でお姉さまの悲鳴を何度も聞きましたし、あまり
見たくありませんが、お姉さま方の大事な部分だって幾度となく
目の当たりにしてきたのでした。

 そんな場所に行くようにと河合先生に耳打ちされた私は心配で
たまりません。そこで、まずは入口から中の様子を窺いますが…

 「ほら、どうしたんだ。おいで」
 すぐに気づかれてしまい、お父様が私を中へ招きいれます。

 その顔はいつに変わらぬ笑顔でしたから、こちらも、ついつい
つられていつもと変わらぬ笑顔で部屋の中へ。

 お父様のお誘いにやがて駆け出すと、いつものように無遠慮に
ポンとその膝の上へ飛び乗ります。
 その様子はまるで飼いならされた仔犬のようでした。

 「おう、いい子だ、いい子だ」
 お父様はオカッパ頭の私の髪をなでつけ、その大きな手の平で
私の小さな指を揉みあげます。
 これもまたいつものことでした。

 『取り越し苦労だったのかもしれない』
 お父様がいつも私にやってくる愛情表現で接していましたから
そう思ったのです。

 でも、そこからが違っていました。

 「今日、お父さんね、河合先生と一緒に上杉先生に会ってきた
んだ」

 その瞬間『ギクッ』です。
 私は逃げ出したい思いですが、その思いは察知されて大きな腕
の中に抱きかかえられてしまいます

 『ヤバイ』
 私は直感します。でも、大好きなお父様の抱っこの中で、私は
おとなしくしているしかありませんでした。

 実はクラス担任の上杉先生と私はあまり相性がよくありません。
 だって、あの先生、友だちの上履きに押しピンを立てただけの
軽~い悪戯まで取上げて、まるで私がその子を虐めてるみたいな
ことを言いますし、テストの点が合格点にわずかに足りないだけ
で放課後は居残り勉強です。

 私にとってはこの先生の方がよっぽど『私をいじめてる』って
感じがしていました。

 「上杉先生、心配してたよ。美咲ちゃんは本当はとってもいい
子のはずなのに、最近、なぜか問題行動が多いって……」

 「モンダイコウドウ?」

 「例えば由美子ちゃんの体操着を隠したり、里香ちゃんの机に
蜘蛛や蛇の玩具を入れたり、瑞穂ちゃんの教科書に落書きしたの
もそうなんだろう?……昨日も男の子たちと一緒に登っちゃいけ
ないって言われてる柿の木に登って落ちたそうじゃないか。幸い
怪我がなかったけど、柿の木の枝は急に折れるから危ないんだ」

 「うん、わかってる」

 「分かってるならやめなきゃ」
 か細い声で俯く私の頭をお父さんは再び撫でつけます。

 自慢のストレートヘアは友だちにもめったに触れさせませんが、
幼い頃から習慣で慣れてしまったのか、お父様だけはフリーパス
でした。

 「でも、由美子ってこの間体育の時間に私の体操着引っ張って
リレー一番になったんだよ。あの子、いつもずるいんだから……
里香だってそう。宿題のノート見せないなんて意地悪するから、
私もちょっとだけ意地悪しただけだよ。……瑞穂の教科書は違う
わよ。あれはあの子がミミー描いていいよって言ったから描いて
あげたの。私が勝手に描いたんじゃないわ。そしたらさ、あの子、
それが自分の思ってたより大きかったから騒ぎだしちゃって……
先生には叱られるし、ホント、こっちの方がよっぽど迷惑してる
んだから」

 私はさっそく反論しましたが……
 「…………」
 見上げるお父様の顔はイマイチでした。

 「それだけじゃないよ。学校の成績も、いま一つパッとしない
みただね。朝の小テストは今週三回も不合格だったみたいだし」

 「あれは……」

 「あれは宿題さえちゃんとやっていれば誰にでもできるテスト
なんだだよ。……不合格ってのは宿題をやってないってことだ。
……違うかい?」

 「それは……先生もそう言ってた」

 「それと……単元ごとのテストは、合格点が何点だったっけ?」

 「80点」

 「そうだね。でも、美咲ちゃんのは、ほとんどが80点以下。
河合先生も最近は勉強に集中していないみたいだって……何か、
やりたくない理由があるのかな」

 「……そういうわけじゃあ……」
 私は即座に何か反論したかったのですが、ちょっぴり考えると
そのまま口をつぐんでしまいます。

 いえね、この頃は近所の男の子たちと一緒に遊ぶことが多くて、
それが面白くて仕方がなかったんです。だけど、男の子たちって
やたら動き回るのが好きでしょう。家に帰る頃にはくたくたで、
もう何をする気にもならないんです。勉強どころじゃありません
でした。

 でも、それを言ってもお父様は納得しそうにありませんから。

 そもそも、うちはお姉さまたちがいけないんです。みんな揃い
も揃って秀才ばかりですからね、何かと比べられるこちらはいい
迷惑でした。

 「樹理お姉さまはあなたの歳には3年先の教科書をやってたわ」
 とかね。
 「遥お姉さまがこの問題を解いたのは2年生のときよ。凄いで
しょう。誰かさんとは大違いね」
 なんてね。
 河合先生にいちいち比べられるのもしゃくの種でした。

 それに、お父様の顔色を窺うと……
 『どうして、お前だけできが悪いんだ』
 って言われそうなんで、強いプレッシャーです。

 「まだ、あるよ。これは上杉先生も笑ってらっしゃったけど。
この間の家庭科の宿題。あれはみんな樹理お姉ちゃんに作っても
らったんだろう?」

 「えっ!……あっ……いや……そ……そんなことは……」
 私は心細く反論しますが……実はそんなことがあったんです。

 「美咲ちゃん本当のことを言わなきゃだめだよ。お父さん嘘は
嫌いだからね」
 お父様に諭されると……

 「うん」
 あっさり認めてしまいます。
 私はもの凄く不器用で縫い物はいつも高校生の樹理お姉ちゃま
を頼っていました。樹理お姉ちゃまはやさしくてたいていの事は
やってくれましたから頼み甲斐があるんです。

 「他人に作ってもらった物を提出するのも、これはこれで先生
に嘘をついたことになるんだよ。宿題は下手でも自分で仕上げな
きゃ。そんなこと、わかってるよね」

 「はあ~い」
 私は消え入りそうな声を出します。
 でも、心の中では……
 『わかってるけど、できませ~~ん』
 でした。

 そして、その心根を隠すように顔はお父様の胸の中へと消えて
いきます。

 これって、甘えです。
 お父様と私は施設から連れてこられて以来ずっと大の仲良し。
こんなに体が大きくなった今でもお父様はまるで私を幼女のよう
な感じで抱いてスキンシップします。

 これって、慣らされちゃったってことなんでしょうけど、私も
また、そんなお父様の抱っこが嫌いじゃありませんでした。

 『お姉さまの誰よりもお父様は私を可愛がってくださってる』
 そう確信していた私はお父様に嫌われたくありませんでした。
お父様の命令には何でも従いますし、なされるまま抱かれると、
たまにその手がお股の中にも入り込むことがあってもイヤイヤを
したことがありません。
 むしろ知らず知らず甘えた声を出してはお父様に抱きつきます。

 でも、そんな蜜月も終わろうとしていたのです。
 
 「美咲ちゃん、こっちを向いてごらん。これから、大事な話を
するからね」
 お父様はご自分の胸の中に沈んだ私の顔を掘り起こします。

 「お父さん、いつまでも美咲ちゃんが赤ちゃんだと思って来た。
正確に言うと、赤ちゃんのままでいて欲しかったんだ、だから、
これまでは何があっても河合先生に『あの子はまだ幼いから……』
って言い続けてきたんだけど、これからはそうもいかないみたい
なんだ。これからは甘いシロップばかりじゃなくて、時には苦い
お薬も必要なのかもしれないなって思ってるんだ」

 「えっ!?私、お薬飲むの?」

 「はははは、そうじゃないよ」
 お父様は大笑います。

 でも、私は分かっていました。お父様の言う苦いお薬が、実は
お仕置きの意味だということを……でも、とぼけていたのです。

 お父様のお家の同じ屋根の下にはたくさんの姉たちがいます。
 その姉たちがどんな生活をしているのか。
 その扱いが自分とはどう違うのか。
 五年生にもなれば大体の事はわかります。
 そして、そんな特別待遇がいつまでも続かないこともこの歳に
なれば理解できるのでした。

 お父様と顔を合わせるたびに抱っこされてきた私。これまでは
何をやらかしてもお父様の懐に飛び込めば誰からも叱られません
でした。
 そんな私も、これからはお姉さまたちと同じ立場で暮らさなけれ
ばならなくなります。

 「これからしばらくはお父さんの部屋で一緒に暮らそう」
 お父様の言葉はその最初の一歩を刻むもの。
 ですから、私は戸惑いながらもイヤとは言いませんでした。

 私が観念したのが分かったからでしょうか。
 「最初は辛いことが多いかもしれないけど、美咲もいつまでも
赤ちゃんというわけにはいかないからね」
 お父様は宣言します。

 お父様の大きな顔が同意を求めて迫ってきました。

 絶体絶命のピンチ!
 でも、私は頷きます。

 『…………』
 
 この家で育った幼女が一人前の少女として認められる為の試練
の一週間。
 他のお姉さまたちはもっと幼い頃に済ましてしまった儀式を、
私はこの時初めて受け入れたのでした。

***********************

小暮男爵 <§2>

小暮男爵

***<< §2 >>****

 小暮家にやって来てからというもの私は一日の多くをお父様の
抱っこの中で過ごしていました。
 私がそう望んだというのではなく、リタイヤしたお父様が暇を
もてあましていて幼い私を手離そうとしないのです。

 私は独りになりたくてイヤイヤしたことが何度もあったようで
すが、そんな時でも一時的に河合先生が預かるだけで、またすぐ
にお父様の腕の中に戻されます。

 最初の頃はお遊びの時間はもちろん、食事、お風呂、おトイレ
……すべて一緒の暮らしだったのです。
 こちらはそうした生活に無理やり慣らされた感じでした。

 3歳という年齢を考えればそうしたこともそう不思議でもない
のかもしれませんが、幼児期を過ぎてもお父様は私を離しません。

 お父様は昼間ゴルフに出かけたり書斎で書き物をしたりという
生活でしたが、その場所にもお父様のお人形として私は参加して
いました。そんな時は河合先生が私の面倒をみるお母さん役です。

 『お父さんといつも一緒なんだから楽しそう』ですか?

 いえいえ、そこはそんなに快適な場所ではありませんよ。

 お父様が私を抱く時、そこはゴツゴツとした岩のような筋肉の
ベッドですし、まるで束子のような顎鬚が頭や顔にチクチク当た
ります。おまけに、男性特有の体臭が四六時中まとわりつきます
から、母親に抱かれるような優雅な世界ではありませんでした。
 幼児にとってはむしろ過酷な場所。ありがた迷惑な世界だった
のです。

 ただ、いいこともありました。
 そこはこの小暮家にあっては最も安全な場所だったのです。

 というのも、小暮家の娘たちなら避けて通れないお仕置きが、
お父様に抱かれている私には一度もありませんでした。
 そりゃあそうでしょう。お父様に四六時中抱かれている私は、
この家では赤ちゃん扱い。そんな赤ちゃんに、体罰を仕掛ける人
なんて誰もいませんから。

 その一方で人畜無害だと考えられていた私が、お姉さまたちの
お仕置きを見学することはよくあります。

 小暮家の厳しいお仕置きでは、お父様の前でパンツを脱ぐのは
当たり前。お臍の下を裏表しっかりチェックされた上に、その中
までも検査されます。

 そうやってから平手や竹の物差しでお尻が叩かれ悲鳴があがり
ます。時には女の子全員を集めてその前でお仕置きなんてことも。
 小暮家では女の子にお浣腸やお灸がなされることもありました
から、その恥ずかしさは半端ではありませんでした。

 今なら虐待ということなのかもしれません。
 理由なくはやりませんが、お父様が決断すると、それは厳しい
ことになります。
 私はそれを訳もわからず楽しく見学していました。

 それがいったいどれほど痛いのか、どれほど恥ずかしいのか、
そもそもお仕置きされたことのない私にはわかりません。
 幼児は気楽なものです。お姉さまの悲鳴や悶絶にも笑顔や拍手
で答えます。
 お父様の腕の中から見るお姉さまたちのお仕置きは、幼い私に
は退屈しのぎ見せ物(ショー)だったのでした。


 さて、それではこの小暮家の娘たち、いったいどんな時にお父
様からお仕置きされるのでしょうか。
 これには、だいたい四つのパターンがありました。

 『宿題や勉強を怠ける』
 お父様は女の子だから学問はいらないとは思っていませんから
成績が落ちるとお仕置きです。

 『嘘をつく』
 特に自分を守る為の嘘は最悪の結果でした。

 『お父様や学校の先生、家庭教師、お姉さまなどはもちろん、
庭師や下男、賄いのおばちゃんに至るまでおよそ自分より年長の
人は全て私たちより偉い人というルール』
 家の娘なんだから使用人の名は呼び捨てで構わないなんていう
お嬢様ルールはここにはありません。目上の人は誰であっても、
『○○さん』とさん付け呼ばなければなりませんでした。

 そして、お父様が何より気にしていたのが兄弟の仲でした。
 『兄弟げんかは理由のいかんに関わらずタブー』
 取っ組み合えば無条件で悲鳴が上がるほどのお尻叩きです。
 おまけに年長の子は年下の子の面倒をみさせられます。特に、
その子をいじめたりしようものなら、その結果は悲惨というほか
ありませんでした。

 もちろんそれってお父様がなさるお仕置きなんですが、私には
それこそが究極の弱い者虐めだったような気もします。
 お父様が怒るとそのくらい厳しいお仕置きでしたから。


 さて、そんな本格的なお仕置きが開始されるのが、この家では
10歳から。それ以前にもお仕置きはありますが過激なお仕置き
はありません。
 河合先生がご自分の判断でお尻叩きをすると驚いた子どもたち
がお父様の処へ逃げ帰るというのがあるくらいです。

 それが10歳を過ぎると状況が一変します。お父様がご自身で
判断して子供たちにお仕置きをなさいます。
 それって河合先生の時とは違い、子たちたちにしてみたらとて
も重いものだったのです。

 ただそれに先立ち、子どもたちはお父様へ一通の誓約書を提出
しなければなりませんでした。

 『もし約束を破ったらどのようなお仕置きもお受けします』
 簡単な誓約書は、しかしその後、長く私たちを縛り付けます。

 私も他の姉妹と同じように10歳になった時に誓約書を書いて
います。

 「いいかい美咲。この誓約書は、これから先、お前が児童施設
で暮らしたいのなら、いらないものだから書かなくていいんだよ。
どうするね。施設へ帰るかね」

 お父様はその時わざわざこんなことを言います。でも、その時
私は児童施設へ帰るつもりなんてありませんでした。
 私だけじゃありません。恐らくこの誓約書のせいで児童施設へ
帰る決断をした子は一人もいなかったと思います。

 私は、すでにお父様の実の子でないことを知っていましたが、
私には目の前にいるこの人以外に愛された経験ありませんから、
この人が世界で一番大事なお父様ですし、ちょっぴり口うるさい
ですけど、お父様と一緒にずっとずっと私の世話を焼いてくれた
河合先生がお母様です。
 もちろん、お姉さまともこのお家とも離れたくありませんから
答えは簡単だったのです。

 むしろ……
 『なぜ、そんなことわざわざ聞くんだろう。……ひょっとして、
お父様、私のことが嫌いになったのかしら……』
 なんて、余計な心配までしました。

 でも、お父様は私が誓約書を提出すると、まるで何事もなかっ
たかのように私を膝の上に抱いてあやし始めます。
 10歳にもなった少女と赤ちゃんごっこを始めるわけです。

 でも、そんなお父様に私の方も不満はありませんでした。
 女の子は何かにつけてお付き合いが大事ですからね、お父様が
望むなら私だって赤ちゃんとして振舞います。
 幼い頃やったおママゴトの延長ですから難しいことは何もあり
ませんでした。

 ガラガラが振られると笑い、おじやの入ったスプーンが目の前
に現れれば口を大きく開けて受け入れます。お風呂でもお父様が
私の服を全部脱がせて一緒に湯船に浸かり、流しで身体を隅から
隅まで洗ってもらうなんてことも……

 ある日突然こうなったわけではありません。歳相応という言葉
を知らないお父様によって、この時代は赤ちゃん時代からの習慣
がたくさん持ち越されていたのでした。
 お父様にしてみたら幼児も赤ちゃんも同じだったのでしょう。

 そして、こうしたことに抵抗感を示さない私はお父様の信用を
勝ち取っていきます。

 この時、お父様はすでに70歳近く。これまでも多くの女の子
たちを施設から引き取ってきましたが、さすがにこれ以上は無理
ということで私が最後の里子となっていました。
 つまり、私より年下の子はもうこの館へ来ないわけですから、
ずっと私がお父様のお膝を独占できるわけです。

 そんな事もあってお父様は私を幼女のままで育てたかったんだ
と思います。でも河合先生がそれを許さないので仕方なく誓約書
を取り出したという感じでした。

 そんな事情から、誓約書を提出した後も四年生の間は今までと
何ら変わらず私はお父様の赤ちゃんとして過ごすことになります。

 でも、五年生になって、とうとうその時が……
 お父様の家で暮らす少女なら避けて通れない試練の時が訪れた
のでした。

 小五から中一にかけて、大人たちはありとあらゆる機会を使い
子どもたちを躾けようとします。言いつけに背く子は無条件で罰
します。きついきついお仕置きは歳相応とはいえないほどの体罰
です。
 それがこれからはお姉さまたちだけでなく、お父様から寵愛を
受けていた私にも例外なく降りかかるのでした。

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このブログについて

tutomukurakawa

Author:tutomukurakawa
子供時代の『お仕置き』をめぐる
エッセーや小説、もろもろの雑文
を置いておくために創りました。
他に適当な分野がないので、
「R18」に置いてはいますが、
扇情的な表現は苦手なので、
そのむきで期待される方には
がっかりなブログだと思います。

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